大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(う)4494号 判決

被告人 中浦新一郎

〔抄 録〕

弁護人の控訴の趣意第一点の二及び第三点について。

よつて審究するにおよそ賍物罪において、賍物たることの認識即ち所謂知情の点は犯罪の構成要件であり、これを認定するには厳格なる証拠の存在を必要とすることは勿論である。しかるに原判決はその証拠標目の部の次「被告人の主張に対する判断」と題する箇所において「然し、凡そ物品の性質、その物と社会との関係等はその物に最も近接の間柄に在るその保持者又は取得者が一番よく承知せる筈であり、苟くも本件生地が賍物であつて、被告人がその取得者である以上、その賍物であることの情を知つて取得したものと一応推認すべきであり、此の事は社会的通念から観て当然である。されば被告人において右知情の点を否認するならば、その知らなかつた事情について、合理的に首肯し得べき事実の主張並に反証を提出すべき立場に在ると謂わねばならぬ」と説示し、恰も、賍物罪に限り、他の一般犯罪とは異つて賍物性の認識即ち犯意についての挙証責任が転倒され、その情を知らなかつたと主張するものにおいて、これが立証責任を負担するものであるとなすが如き解説をしているのである。しかし、これは仔細に検討してみると、行文甚しく妥当を欠き、軽卒の譏を免れないものではあるが、決して所論の如く挙証責任を転倒せしめた立論でないことが分るのである。即ち原判決は、その判決理由の犯罪事実の摘示の次に、証拠標目として証人中山誠行の証言以下各証拠の標目を羅列したうえ、「以上の証拠を綜合して被告人が判示賍物たるの情を知つて判示の通り故買した事実を有罪と認定する」としてその証拠説示のしめくくりをなし、しかる後被告人の主張に対する判断と題して前示の如き解説をこころみているのである。これによつてこれをみれば、原判決が知情の点につき、挙証責任を転倒したものでないことは明らかであり、右解説の意図するところは、およそ賍物罪においては、多くの場合に知情の点が否認される、然し賍物性を認識していたかどうかということは、行為当時の四囲の情況からも判断され得るのである。従つて苟くも賍物を買受けたものが身の潔白を主張しようとするならば、進んでそれが平穩無事な、正当な取引であつたことを各種の情況から立証するに如かない、ということを説示するにあつたものと推察されるのである。さればこそ原判決は、右に続いて、被告人が主張するところの「配給ルートから横流れの品と考えた」「中山宗敬は京都から荷物を送つたという電報を被告人に見せた」等々の点につき一々これを検討した上、結局被告人のそれらの主張はいずれも採用できないものであり、さきに各証拠を綜合して知情の点を認定したのは正当であるとしているのである。原判決に挙証責任を転倒した法律違背又は理由のくいちがいは存じない。論旨はいずれも理由がない。

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